1:
:2018/01/30(火) 07:11:38.80 ID:
横山禿げ、源氏パイ、闇カツ、良い奴すぎ糞ワロタw
2:
:2018/01/30(火) 07:14:03.72 ID:
武豊は菜七子はチヤホヤするのに西原伶奈は無視してたのか
6:
:2018/01/30(火) 07:22:08.67 ID:
>>2
武豊ってそういう人だったのか
点滅しました
3:
:2018/01/30(火) 07:15:12.50 ID:
2000年、須貝彦三厩舎からデビューした。
「師匠は昔ながらの厳しい先生でしたけど、女性に対する理解が難しい中、競馬にたくさん乗せていただけました」
4:
:2018/01/30(火) 07:19:44.94 ID:
「ただ、減量もなくなっていたので乗せてもらえなくなってしまいました」
藁をも掴むつもりで他厩舎の調教も手伝った。しかし、そのことで師匠と仲違いした。
「今、考えると先生が私のことを考えていてくれたのが分かり、ありがたみを感じます。でも、当時は私が若くて喧嘩別れみたいな形で飛び出してしまいました」
フリーになったからといって騎乗依頼が増えることはなかった。他の騎手達が競馬場へ出向く週末に、トレセンに残り、調教に跨る日々が続いた。
「この時が1番苦しかったです。騎手なのに競馬場に行けないほど辛いことはありません。周囲の皆は『頑張れ!!』って言ってくれたけど、どう頑張れば良いのかが分かりませんでした」
2005年、30回騎乗したもののついに未勝利で終わると、08年まで勝てない日々が続いた。
5:
:2018/01/30(火) 07:21:26.90 ID:
ここまで言うと梅田に感謝の言葉を続けた。
「梅田先生は任せてくれた上で、何かあれば責任をとってくれます。今は『女性だから』と感じたこともないし、本当に楽しくやらせてもらっています!!」
“今は”というところに、騎手時代はやはり女性であることの厳しさを感じることもあったと思わせる。そう問うと、それにはかぶりを振って答える。
「菜七子ちゃんが活躍をしているのをみると、結局は私が下手だったのだと思います。女性だから、というのではなく、単純に力不足でした」
7:
:2018/01/30(火) 07:22:31.03 ID:
同じ時期に騎手だった須貝尚介になにも言及せず
8:
:2018/01/30(火) 07:25:01.93 ID:
藤田さんのアドヴァイスもっと詳しく知りたいよ
9:
:2018/01/30(火) 07:25:57.01 ID:
障害乗って落馬で大怪我してたよな
そこから復帰してまだ乗ってたんだから大したもんだよ
10:
:2018/01/30(火) 07:26:55.12 ID:
押田=勝ち組
西原=普通
牧原=負け組
11:
:2018/01/30(火) 07:27:35.28 ID:
ノリは本当に真剣に聞いてたのか?
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12:
:2018/01/30(火) 07:33:24.98 ID:
横山典弘「下手くそ(板倉真由子)怪我する前に辞めろ」は名言
14:
:2018/01/30(火) 07:35:31.16 ID:
息子にばっかりいい馬を乗せてたイメージ
15:
:2018/01/30(火) 07:36:09.41 ID:
名前だけ見ると美人なんだけどな
16:
:2018/01/30(火) 07:37:36.30 ID:
現在も競馬サークルで調教助手として働いている人のインタビュー内容でしたね
元々こうした性格なのかもしれませんが
17:
:2018/01/30(火) 07:39:15.88 ID:
馬乗せてもらえないから起こって出ていくって逆ギレに近いものがある
この子がどれくらいの腕前だったかは知らないけど
実力足りてなかったらしょうがないだろ
18:
:2018/01/30(火) 07:39:20.63 ID:
たまに西原が走らせてもすぐ須貝に乗り替わっちゃってたもんな
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19:
:2018/01/30(火) 07:39:21.31 ID:
前原は川崎の前原?